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CEOアジェンダ2025:対極的な観点から読み解くCEOの優先事項

トランプ2.0時代において米国のトップCEOはどのように成長を追求しているか
Ana Kreacic, John Romeo, Arran Yentob, Jose Lopez, Vita Spivak
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世界は白か黒かで捉えられるものではありません。しかし本レポートでは、CEOたちがビジネス界における異例の不透明さをいかに好機に転じているかを、対極的な切り口から取り上げます。最高経営責任者たちは、守りに入って安全策を取るのではなく、大胆に組織をリードすることでこの新たな経済的ナショナリズムの時代を乗り切ろうとしており、ボラティリティの高い状況下で投資判断を下し、人工知能(AI)がもたらす急速な技術の変化に適応しています。

昨年に続き今年も、ニューヨーク証券取引所(NYSE)とオリバー・ワイマン・フォーラムは共同で、CEOたちが目の前の課題についてどう考え、どのように対応しているかについて調査を行いました。調査では、NYSEに上場している企業のCEO 165名に、地政学的不安定さやサプライチェーンの混乱への対処から、AI投資からの価値創出、組織文化の最適化まで幅広いトピックについて質問しました。

その結果、いくつかのポイントが明らかになりました。CEOたちは、コスト規律を引き締めながらも、昨年以上に成長を優先しています。1年未満の短期的な計画により多くの時間を割きつつ、長期的な成功に向けた会社の態勢作りも続けています。また、AIが目に見える財務上の利益をもたらしていると回答したCEOが半数を超え、すでにAIによって大幅なコスト削減や収益増を実現していると答えたCEOもかなりの割合に上ったにもかかわらず、人材獲得と社内人材のスキル向上が一層重視されるようになっています。

本レポートでは、調査結果を詳しく分析し、CEOたちがこの予測不可能な時期を乗り切るためにどのように会社をリードしているのか、また、業界セクターや企業の規模による姿勢の相違を明らかにします。 

1. 成長/削減:成長に大胆に投資、資金はコスト規律を通じて確保

CEOたちは、ボラティリティの高い今日の環境を言い訳にするのではなく、巧みな経営で乗り切ろうとしています。株主価値向上のための今後1~2年の最優先事項として成長ドライバーを挙げたCEOは実に68%に上り、2024年の56%から上昇しました。一方、最優先事項としてバリュードライバーを挙げたCEOは、前年の44%から減少して32%になりました。彼らが狙う成長ドライバーは、収益向上、買収、オーガニック投資であり、コスト管理や資本効率といったバリュードライバーとは対照的です。

成長のための資金を確保するため、今年はコスト削減をこれまで以上に重視するCEOが増えています。NYSE上場企業のCEOのうち、コスト管理とオペレーショナルエクセレンスをトップ3の優先事項に挙げた割合は昨年の39%から70%に上昇し、他の項目に大きな差をつけました。しかし、コストを最優先事項に位置付けたCEOは、わずか15%でした。

言い換えると、今年はコスト削減が無視できない位置を占めているものの、それはより大きな優先事項のためということになります。この姿勢は、他の最高責任者レベルの幹部との対話から明らかになった傾向とも一致しており、コスト削減の取り組みにおいては、競争やマクロ経済の圧力に対処し、技術的進歩を享受し、成長に投資する余力を確保するためのオペレーションの合理化とテクノロジー導入に重点が置かれています。

M&Aをはまさに現代の潮流であり、市場のボラティリティにかかわらず、ほぼすべてのCEOがM&Aを追求しています。成長が容易ではなく、急成長を遂げることも難しい世界では、M&AはCEOにとって、収益成長を加速させ、ボラティリティの中で機会を模索し、株主に価値をもたらしつつ経営者としての手腕を印象付ける強力な手段になりえます。

今後1~2年のうちにM&Aを計画しているとした調査回答者は、実に95%に上りました。2023年から2024年にかけてM&Aを実施したNYSE上場企業が36%にとどまっていたこと、また、回答の収集時期が、市場のボラティリティがピークをつけた3月から4月初旬だったことを考慮すると、これは注目すべき数字といえます。

2. ヘッジ/リスクテイク:経済ナショナリズムやサプライチェーンなどのリスクへの対処

新型コロナウイルスによるパンデミック、2022年のロシアによるウクライナ侵攻、そして2025年の大幅な輸入関税引き上げの見通しなど、近年、企業にとって地政学的混乱が多発しています。こうした状況を受け、CEOの間で、地政学的リスクとその軽減策の必要性に対する意識が高まっています。CEOのほぼ10人に9人が、地政学、貿易政策、関税、産業政策を自社の事業が直面するリスクとして挙げました。これは、2024年から20ポイントも上昇しており、今回の調査で最も大きな伸びを示したリスク要因となりました。

パンデミックによる混乱を契機に、多くの企業は、効率性重視で構築したサプライチェーンを見直し、サプライチェーンの強靭性の向上に取り組んでいます。こうした取り組みは、世界最大の製造国である中国への依存度を減らす「チャイナプラスワン」戦略を採用する傾向と重なり、多くの企業がアジア、中東、ラテンアメリカの製造拠点への投資を増やしています。

地政学的ショックへの対応として今年の回答で最も多かったのがサプライチェーンのリスク低減であり、CEOの52%がこれを挙げました。最も積極的にリスク低減を図っているのは小売・消費財企業で、CEOの78%が何らかの措置を取っており、次いでヘルスケア・ライフサイエンスセクター(71%)、資本財セクター(70%)となっています。

攻めの姿勢で臨んでいるCEOたちは、そのメリットを実感しています。サプライチェーン再編を自社の事業にとってのリスクではなく機会とみなしているCEOの割合は3分の2に上り、1年前の56%から増えました。

3. 大規模展開/スモールスタート:AIの可能性を実現する

不確実性に満ちた世界で、ほぼすべてのビジネスリーダーが一貫して、活用すべき機会とみなしているものが一つあります。それは、AIの力です。

調査に回答したNYSE上場企業のCEOの95%がAIを自社の事業にとってリスクではなく機会になると捉えています。これは2024年からほぼ変わっていません。とはいえ、新しい動きとして、より幅広いユースケースでAIに投資する企業が増えています。その大半はすでにコスト削減や収益へのインパクトを実感しており、その規模が相当に上るケースもあります。

これは、目を見張るほど急速なAIの普及を反映しています。その一端を担っている生成AIツールが脚光を浴びたのはわずか2年半前のことですが、現在のAIの普及はそれをはるかに超える広がりを見せています。しかし、AIの導入の度合いは企業によって大きな開きがあります。AI先進企業と後進企業の格差が広がっており、17%のCEOが、AIにより企業の総コスト削減あるいは収益創出が10%以上向上したと回答しました。この先進グループの中心は大企業で、業績が大幅に改善したと回答した割合は24%に上った一方、中小企業では13%にとどまりました。

AIの利用分野も変化しており、効率性の向上による事業の変革がCEOたちの狙い目になっています。業務効率やインサイト創出、新たな収益成長など主要なユースケースのカテゴリーすべてにおいてAIに大幅に投資しているか、投資を段階的に増やしていると回答した割合は平均83%で、1年前の79%から緩やかに増加しました。増加幅がより大きかった項目では、カスタマーサービスの自動化に投資していると回答した割合が1年前の71%に対し84%となり、新たな収益源の創出を目的としたAIへの投資は8ポイント増加して66%となりました。

従業員のレディネス不足(スキル、活用、士気等)は、AIに関するCEOの最大の懸念となっており、CEOの55%がこれを懸念事項のトップ3に挙げています。これに対し、データ保護、サイバーセキュリティ、バイアスなどのAI関連リスクの統制と管理の困難さを挙げたCEOは53%で、実績のある実行可能なユースケースが少なすぎることを挙げた割合も同程度でした。

4. 育成/代替:人材が最大の焦点

AIの台頭により、雇用の安定や将来の失業率増加に対する不安が生じています。しかし、今日のCEOは人材が自社の事業にとって最大の機会になるとみています。

AIから最大の価値を引き出すには優秀な従業員が必要です。同様に、AIを賢く配備することで、人間のスキルを向上させ、働き手の生産性を高めることができます。そのためか、今後3年の自社の事業にとっての機会として、人材の獲得、維持、開発を挙げたCEOの割合は75%に上りました。この数字は、2024年から25ポイント上昇し、機会の認識に関する今年の調査項目の中で最も大きな伸びを示しました。さらに、CEOの42%が今後5~10年間の機会として人材と組織文化を挙げ、テクノロジーとAI(49%)、財務力と柔軟性(44%)に次いで3位となりました。

この新しい環境において、リーダーたちは研修への取り組みに力を入れています。CEOの5人中4人が今後2年のうちに従業員のスキル向上に投資することを計画しており、77%が従業員の生産性向上に役立つテクノロジーへの投資を計画しています。対照的に、テクノロジーが従業員を代替すると予想しているCEOは5人中1人にすぎませんでした。代替を検討する傾向が最も強いのが大企業で、AIによって人員を代替する計画があると回答したCEOは25%に上りました。 

成長を最優先事項と位置付けているリーダーは、人員削減を計画する割合が低い(回答者全体で36%であるのに対し、27%)のに対し、企業価値重視のリーダーは、人員削減を予想する割合が52%となっています。比較すると、AI先進企業(すでにAIにより、10%以上の全社的なコスト削減や収益創出を実現している企業)は、5%以上の従業員削減計画の割合が他の回答者より高くなっています。そのような削減の実施を予想しているCEOの割合は、AI先進企業では46%であるのに対し、他の企業では34%でした。

人員削減計画が最も多い業界のトップは運輸・自動車で、CEOの64%が今後1~2年のうちに5%以上の人員削減を予想しており、ヘルス・ライフサイエンスが53%でそれに続いています。対照的に、不動産セクターではCEOの67%が今後2年のうちに5%以上の人員増加を計画しており、次いで通信・メディア・テクノロジー(53%)、資本財セクター(45%)となっています。

展望

マネジメントの第一人者ピーター・ドラッカーは、次のように記しています。「未来を予測しようとすれば、必ずトラブルに巻き込まれる。なすべきは、今あるものを管理し、あるべき姿を創造するために取り組むことだ」

ドラッカーがそう書いたのは1980年のことでした。当時、産業界はスタグフレーションにあえぎ、マーガレット・サッチャーとロナルド・レーガンがもたらしたネオリベラルな自由市場秩序はまだ形成されていませんでした。ドラッカーの助言は、世界の経済秩序が根本から変化しかねない状況に直面している今日のCEOたちの心に重く響いています。より明るい未来を創造するために、彼らは大胆に成長に投資しつつ、経営規律を重んじています。状況がよくなるのを待っていては、トラブルを招くだけかもしれません。

著者
  • Ana Kreacic,
  • John Romeo,
  • Arran Yentob,
  • Jose Lopez,
  • Vita Spivak